🌱 あの頃の私が書いたこと
高校生の頃の作文で、
私はこんな意味のことを書きました。
「弱視よりも全盲、全盲よりも晴眼がいい」
何の障害もない、
晴眼 であることが一番です。
でも、視覚障害を背負えというなら、
中途半端に見えるより、いっそ全く見えない方がいい。
そんな意味です。
この考え方には、きっと賛否あるでしょう。
でも、当時の私にとってはとても切実な実感でした。
👁️ 進行していく「見え方」への不安
当時の私は弱視。
年々進行していくタイプの病気です。
視力も視野も、少しずつ落ちていく。
それを食い止める方法はありません。
眼科の医師は幼い私にこう言いました。
「いずれ、全く見えなくなる日が来る」
だから私は、ずっと「その日」に備えて生きてきたんです。
🏫 「弱視」はいちばん伝わらない
中学から盲学校に通っていましたが、
進行性の弱視ほど理解されにくいものはありません。
去年見えていたものが、今年は見えない。
でも、それをどう説明すればいいのか、
自分でもうまく言葉にできない。
周囲の人は、どうしても
「昔の私」のままで接してきます。
久しぶりに会う人ほど、
そのズレは大きくなる。
📖 教室でのいたたまれなさ
活字はルーペなしでは読めない。
それでも読みにくくなれば、拡大コピーに頼るしかない。
でも、どれだけ拡大しても
スムーズに読めるわけではないんです。
授業中に「ここ読んで」と当てられれば、読まざるを得ない。
どんなに時間がかかっても責められることはありません。
それでも、あの空気。
つっかえながら読む時間はどうしても辛いものでした。
⚠️ 日常に潜む「見えない危険」
ある日、外で電柱にぶつかりそうになったことがあります。
コンクリートと同じ色で、
まったく気づかなかったんです。
本当にあと一歩で正面衝突、という距離でした。
周りには先生たちもいました。
でも、ギリギリまで誰も止めてくれなかった。
それまでの私は、
「電柱が見えない」なんてことがあまりなかったから。
「見えているはず」という前提が、そこにはあったんです。
🤝 すれ違うコミュニケーション
弱視だと伝えていても、こんなことが起こります。
指をさして「あれ」「それ」と説明される
黙って手を差し出される
でも、その「指」も「手」も、見えていない。
結果——
話がかみ合わない
「握手を拒否された」と誤解される
少し前まで見えていたからこそ、
「見えない」ではなく「無視された」と受け取られてしまう。
これが、弱視の難しさです。
💥 忘れられない衝突
廊下で先生と話していた時のこと。
全盲の女子生徒が、壁伝いに歩いてきました。
私はその壁にもたれていた。
このままだと、ぶつかる——そんな状況。
でも先生は何も言わず、
ただ見ているだけ。
私は真横から来る彼女に気づかず、
結局そのまま衝突しました。
先生は一言。
「あんたが避けなきゃいけなかったね」
そこには、「見えているんだから」という前提がありました。
でも、視野の外から、音もなく近づいてきた彼女の姿は、
私には見えなかった。
正直、かなり腹が立ちました。
先生に対して、「いやいや、あんたが私に声をかけるべきだったんだよ。ずっと見えてたんだから」と言ってやりたかった。
⚖️ 「全盲」のわかりやすさ
その点、「全盲」という状態は比較的シンプルです。
もちろん、実際には全盲だって見え方に個人差があります。
それでも、「生活において視覚はほとんど使えない」
この一言で十分に伝わる。
弱視よりはわかりやすい。
「全く見えません」と言えば、
握手に気づかなかったとしても、
「拒否された」とは思われにくい。
🧩 弱視が抱えるズレ
弱視は、どうしてもこう見られがちです。
「見えにくい」ではなく
「少し見えている」
この違いは大きい。
特に盲学校では、
「見えている側」として扱われます。
そのズレが、日常のあちこちで積み重なっていく。
✍️ おわりに
実際に全盲になった時、
正直、少しだけ安心しました。
「どの状態がいいか」なんて、本当は簡単に言えることではありません。
どんな状態だって、いいことも悪いこともある。。
ただ、弱視として生きた時間があったからこそ、
全盲という状態の「良さ」に救われた部分もある。
そんな、少し複雑で、
でも確かな実感の話でした。